【コース体験記】キャンバーウェル MA Book Arts 大橋麻耶さん
2012.12.07
BA&MA課程
最近なぜか相次いだのが‘Book Arts’、それも大学院課程に関するお問い合わせです。この現象に「ん?流行なの?」と安直なマーケティング分析(にもなっていないが)をしていたユニコン事務所に10月初旬1通のメールが届きました。
ユニコンの皆様
こんにちは、ご無沙汰しております。
CamberwellにてMA Book Artsを専攻していました大橋麻耶です。
先月卒制展示を幸いな事に作品買取という形で終えて、無事にコースを修了しました。
卒業式が来年夏なのに驚愕しつつ(クラスメイトの多くが海外からなので、このままだとパートタイマー+数名しかうちのコースでは参加できない始末)残りのビザ期間を有意義に過ごしています。
何というタイミングの良さ! この機会を逃さず、あれもこれも、この際みぃ~んな大橋さんに訊いちゃおっと。(お客さんには‘自分で調べるのが大事’と『上から口調』の癖に、こんな時はちゃっかり『棚からボタモチ』だもんね、へへ)
大橋麻耶さん
コースも卒展も無事終えられたとのこと!
ついこのあいだコースが始まったように感じていましたが、時間の過ぎるのは早いものですね。
有意義な留学生活を送っていただけたのであれば幸いです。
ところで大橋さん、そもそもなぜ留学しようと思ったの?そしてなぜロンドン?なぜキャンバーウェル?
それまでデザイン事務所で書籍などを中心に制作していたのですが、昨今の出版不況に悩まされている業界(というか職場)から少し離れて違う視点から「本」という媒体を見直したかったのが元の理由です。同時にいつかは独立(聞こえは格好いいのですが、単にフリーランスです)するつもりだったので、その前に勉強期間(英語、専門分野共に)を挟みたかったのもあります。
留学先については英語が使える所、というのが大前提でした。それしか出来ないので。アメリカへの留学も選択肢にあり、日本の大学の教授にも強く勧められましたが、ヨーロッパの方が本の歴史が深いのでそのエリアにいたいな、という気持ちがあったので外しました。
他にも理由は色々ありましたが、研究内容を本にしぼった事、留学費(学費・滞在費全て含む)を自分の貯蓄で負担するには一年しか無理、という事で大学院コースが基本一年のロンドンになったのが決定打でした。
ここ最近、問い合わせが多くてジワジワ人気が高まっている感のあるBook Artsですが、そもそもBook Artsって何?
コースの内容としてのBook Artsは私達にとって最も身近な媒体である「本」を芸術的にも哲学的にも追求していくものです。Book Artsは一応Fine Artの分類に入るのですが、その芸術分野自体が明確に認識され始めたのはポップアートが流行った60年代からなので、比較的新しいものになります。一般的に本や雑誌が「著者(ライター)」「編集者」「デザイナー」「印刷所」など色々な人が関わって出来上がるものを、アーティストが全部担って自分の表現したい事を最大限に生かすと言った感じです。彫刻や絵画を使って何かを表現するように、その形態がたまたま「本」だったというのがザックリとした起源になると思います。
「製本の勉強をするの?」「ブックデザイン?」「っていうか本ってどう作るの?」と、よく聞かれるのですが、いずれも正解で同時に不正解でもあります。(クラスメイトの中にはこうした質問にいちいち「違う!」とキレている子もいますが・笑)
制作上、当然製本過程に入ることがあるので製本の勉強をしているに越した事はありません。見栄えに関わってくるブックデザインも同様です。色んなブラシの使い方を知って、表現の幅が広がるのと同じです。ただ、私自身が本来デザイナー畑出身なのでそうした点を無視できない所があるのですが、生徒によっては本の原型をとどめていないものを作るので「別に重要じゃない」という人もいますね。
ほー。なるほど。では、MA Book Artsの授業では実際に何をするの?授業の時間割とか知りたい!
基本「時間割」がありません。大学が運営しているカレンダーに予定がアップされていくのを見て(もしくは大学用メールに来る連絡)、スケジュールを把握します。なので、チェックとかあまりしない生徒は前日に事情を知ったりして「まじで?」となります。
うちのコースの場合Tutorが2人います。1人がメインで、月火水、もう一人は講評もしくはワークショップ時にやってくる、といった感じです。つまり基本、重要なクラスは月火水に行われます。「これってフルタイムじゃなくね?」というのが最初から最後までの不満ではありました。(Camberwellはどのコースも同様みたいですが)
まぁ、MAレベルにもなると授業みっちりと言うより、それぞれの自主性に委ねることが多いのでね~。
水曜の午後はレクチャーが全コース合同であって、講堂で話を聞きます。毎回ゲストのトークなので面白さには差があるうえに出席はとらないので来ない人もいます。木曜はたまにワークショップが開かれます。たとえば製本、布の裏打とかです。いずれにしても必修ではありません。金曜には留学生用の英語クラスがあります。これは論文書くにあたってとても役に立ったので辛抱強く行くのが吉です。
MAに合格しても英語の苦難からは逃れられませんね。クラスメートの構成はどんな感じ?クラスメートに関するびっくり・おもしろエピソードは?(グッとハードルを上げてみる。)
フルタイムが16名、パートタイムが1,2年合わせて10名。パートタイムは皆英国人でしたが、フルタイムは英国1人、ポルトガル1人、交換留学生のフランス人1人、他はみなアジア系(中国、台湾、タイ、韓国、日本)が占めていました。99%女子です。(男子は2人いましたが、ゲイなのでカウントせず)コース修了後判った事ですが、最初の顔合わせでこの状況をみて女子陣は皆絶望したようです(笑)。通常はもっと男子生徒もいるようなのですが…、謎です。
各所でMA Book Artsの卒業制作・展示が大成功だったって聞くのですが、どんな感じでした?どれくらいの規模で一体全体どんな人が観に来るの?
BA、及び二年コースMAは7月頃に卒展が行われますが、一年コースのMAはどこも基本9月始めに卒展が開催されます。これがやっかいで、というのもこの時期どの業界の人も基本夏休みで(しかもCamberwellは陸の孤島というか、アクセスしづらい)他のカレッジにくらべるとPrivate Viewの日以外客足が少ないと思います。非常に残念な話ですが…。自分がやりたいコースがここしかなかったのを呪うしかありませんね。Private Viewに来るのは招待されたアーティスト、図書館館長(V&A、TATE、Chelsea etc)、他専門家です。私は人の顔を覚えるのが苦手なので有名人がいたとしても気がつけませんでした。
卒展の様子
MA修了の報告をしてくれた時に作品を買い取ってもらえたと言ってたけど、そこんとこ詳しく教えてください。キラーン
ありがたい話です…。ラッキーだったと言うしかないです。
またまた!そんなご謙遜なさらず!
PVでは色々な人と話すことになります。自分の作品を見ている人に積極的に説明したりするのですが、当然人に寄って反応はばらばらです。「ふぅん」って去っていく人もいます。心のダメージ大きいですが、そこはめげずに。中には凄く興味を持ってくれる人もいるはずなので…。
私の作品を買い取ってくれた方は女性の写真家でした。ブックアートに興味はもっていたようですが、職業としては関係ありません。最初はコンセプトなどをいつも通り話しているうち、むこうから色々質問してくるようになってその中で「値段は決めたの?」という流れに。というわけで私は値段リストに「POA (Price On Application・交渉次第)」と付けてあって、正直悩んでいると打ち明けました。というのも、ブックアートの場合、本を名乗っている以上高すぎると誰も買う気にならないし、逆に安すぎると作品として成り立たないし、値段付けがやっかいなのです。これに対して彼女もアーティストなので共感してくれました。この時点では「別に買うわけじゃないけど、学生がどう思っているか興味があって」みたいな姿勢だったのですが、更に話を進めていくうちに「決めた、私あなたの作品買うわ。好きな値段言って頂戴!」と突然宣言。これには流石に私もビックリして初めて心から「OH DEAR GOD!」なんて小さく叫んでました(無宗教なくせに・笑)
値段は以前「材料費の三倍」というのを聞いた事があったのでそれに従ってみました。今になってもそれが正当だったのかわからないのですが「買うほど好き」って言ってくれる人に出会えた事で大満足です。
★☆★大橋さんの作品★☆★
研究テーマは「コンテンツとしての旅とその本に生まれる時空、及び旅人としての読み手」
素晴らしい出来事!若手アーティストをサポートする文化が出来上がっているロンドンならではのエピソードですね!
Camberwellという学校で一番いいと思うことは何?改善してほしいと思う点があれば教えて。
他を体験していないので正直比較はできないですね…。
基本的に、テクニシャン含めてみな親切です。あと印刷工房(活版印刷工房も含む)は最高だったと思います。私はシルクスクリーンを多用していたのですが、スクリーン代以外は全て無料で使える上、スタジオの横にあったので大変便利でした。高いお金を払っている限り、そういう施設は使う機会を自分で設けて最大限に使った方が良いです。
改善してほしい事。上にも書きましたがフルタイムである以上もう少し授業など詰めていいと思います。暇…いやいや、余裕がある時期がありすぎ…(小声)。その間工房で作業していたりしていれば良いのですが、そうでなくボヤボヤしていると何もせずに終ります。怖いですね。もう一つはBAのスケジュールに合わせて学校内が夏休みになってしまう事です。食堂、画材屋、8月に至っては工房、図書館も閉まります。院生は卒制で必要なのにかかわらず、です。あらかじめその為にスケジュールを立てたので、結果的に問題は生じませんでしたが正直寂しいですよね…(私たちって、何?みたいな)。あとコースとしてはブックアートを名乗っている以上、製本の道具をきちんとそろえてほしかったです。
留学期間中、腹が立ったこととか、嬉しかったことは?
別に腹が立つわけではなかったのですが、例えば私がディレクターとして展示のカタログを制作している時に声をかけても集まらず結局一人で20冊ほど製本したり、とか。こういうのは出身国とかではなくて、職業経験があるかないかでそういうのは意識が違ってくるのがよくわかりました。
あとコース後に卒業証明書をもらおうとしたら「大学に借金しているからあげない」と身の覚えのない事態を突きつけられて、これはちょっと困りました。High Holborn office > Camberwell admin office > student accommodation office > 住んでた寮 という感じでたらい回しにされたのは参りましたが、帰国前に解決したので良かったです。
あ、それとスリにあって携帯を取られました。その時は「あ~ぁ、やっちゃったよ」と人ごとのように呆れたものです。こういう時のためにやっぱり保険には入っていた方がいいです。(後日談ですが、窃盗団は警察に捕まって携帯もみつかったものの、物証として結局警察に取られたままです。なにか、煮え切らないな…)
スリは日本人だけでなく、生粋のロンドンっ子でも被害に合うことが多いので、気をつけるしかないですよね。
お世辞にもおハイソな立地とは言えないCamberwellの学校周辺はどうでした?
「イギリスっぽい、アングロサクソン系の住民ばかり」という日本人が憧れるイギリスの風景をロンドンに求めると住める場所は凄く狭くなるか酷く田舎になるります。とはいえ、確かにElephant & CastleからCamberwell、Peckhamのエリアは南米系の移民が多く占めています。Camberwellは七割といったところでしょうか。外国人(特に黒人系)に慣れていない日本人にとっては居心地が悪いのかもしれませんが、Camberwellに一年住んで学校に通っていて感じたのは「そんなに悪くないじゃん」でした。第一自分も「外人」ですし、何もビビる事はないと思います。きれいな公園、良いパブと安くて美味しいカフェ、多国籍レストランもあるし、交通の便も充実していて良い所ですよ。私は好きでした。
ちなみにPeckhamは例の暴動もあった場所ですが、この十年で随分良くなったらしいです。まぁ友達は携帯を二度も強奪されていますが…。やはり狙われやすい人、そうでない人がいるみたいです。
“英国の食事情”はグルメな日本人が渡英をためらう一番の理由ですが、英国で一番おいしいと思った食べ物は?
基本は自炊でした。料理が好きなのもあって色々試しもしました。スーパーでよく買ったのはhummus(ひよこ豆と胡麻のディップ。野菜につけたり)、greek yogurt(日本で流行ってるらしいですね。すんごい高いんだとか。こちらでは大きなポット1£です)、頬肉とか色んな肉の種類と部位があるので試してみたり…。(Morrisonsがお気に入りのスーパーでした)あれ、いずれも英国料理関係ないですね。パブでたまに食べるパイはボリュームありますが、ジューシーで美味しいです。悪名高いFish & Chipsは美味しい所は付いてくるポテトまでもおいしいので、あまり悪く言わないであげてください(笑)Borough Marketという食材市場がLondon Bridge駅にありますが、そこには間違いなく美味しいものが沢山あります。試食もできて楽しいので是非行ってください。
ロンドンは大小数多くのミュージアム、ギャラリーがありますが、大橋さんのお気に入りは?
ベタで申し訳ないですが、V&Aの特別展示は毎回見せ方が上手くて感心します。
ロンドン芸大の学生寮・Brooke Hallの住み心地、良かった点、悪かった点
おそらく今のユニコンさんのHPデータだとS/T/Kシェアと書いてあると思うのですが、数年前に大きく改装をして今はS/T/K全て各部屋についています。日本の一人暮らし用アパートを思い浮かべてもらえばいいです。
おっ!それは新情報!Thanks for informingです!
広さは部屋によって結構違います。大きいのが当たった人はラッキー。おそらく私のいたA棟は院生中心だったからかもしれませんが、部屋の壁も比較的厚くて隣の音も気になりませんでした。閑静な住宅地にあって、目の前に公園があります。管理人のおじさん2人はフレンドリーで最初ビックリしたくらい働き者でした。(修理お願いしたら当日に直るといった感じ)家賃は他に比べてほんの少し高い(5ポンド/weekほど)ですが、Chelsea、LCC、Camberwellに通う人で寮を探すならこの場所はすごくお勧めできます。
悪かった点はネットが無料なものの、有線で遅い、という事でしょうか。
ここまで読んでくれた方が一番気になっていることですが、このコースに適している人物像と志願者へのアドバイスをお願いします
適している人…。どのコースも同様だと思いますが、
◆自己管理できる人
◆積極的な人(英語に関しても)
◆本好きな人(超重要)
でしょうか。それまでの経歴は正直関係ないと思います。アーティスト、デザイナー、図書館司書、fine art/graphic design学生、退任した先生(一般の)、主婦(子育てに一息ついた人々)とてんでバラバラでした。入学の時点で、本を実際作った事がある人も2割程度でした。
「英国で働く機会が欲しくて!」というような方はCamberwellはあまりおすすめ出来ません。PSビザが廃止された今、どこのカレッジでもそうかもしれませんが留学生がコース後仕事を得られる確率はかなり低いです。その上Camberwellはあまりバリバリ働くキャリアを目指す雰囲気ではなく、自分の独自性を一人で深く掘り下げていくタイプなので。
コーススタートまでは結果の連絡がなかなか来なかったり、人によってはインタビューがなかったり(当然あるつもりでいたので拍子抜けしました)、スタート日の書いてある書類がなぜか自分だけ送られてこなかったり、色々やきもきする事が多いと思いますが、何事もしつこく連絡して、辛抱強くいれば大丈夫だと思います。あとコース後の予定は色々な選択肢を考えていた方がいいですよ。何事も柔軟に。
あとあまり英語について触れていませんが、誰もがいうように早めの段階から勉強しておいた方が良いですね。
常々ユニコンスタッフが学生にくどいくらい伝えていることを代弁してくれてありがとうございます!やはり、実際に経験した方が言うと説得力が違いますね~。
そして、コースを修了した現在の率直な感想を聞かせてください
まずは留学を考え始めてから今まで、大きなトラブルもなく終える事ができて良かった…という感じでしょうか(あとは帰国でなにも起こらなければ、いいな)。デザイナーからアートに足を踏み入れるのは思考の切り替えが必要だったりして辛い時期はありましたが良い経験になったと思います。それまで知らなかった「本」の側面を見る機会になって今後の活動の幅も広がりました。
留学してどんな新しい夢が見つかった?
今後は予定通りフリーランスデザイナーとして働きます。その一方で、今回の経験を活かしてアーティストとしても活動したいと思っています。ワークショップを開いたり…具体的な事はまだまだ模索中ですが、コースのクラスメイトと連絡を取り続けて日本でブックアーティストの展示が出来る機会を設けたいです。日本にいても、常に外と繋がっている人でいたいです。
本好きが多いのに関わらず、ブックアートの認知度は日本ではまだまだ低いと思います。zine(自費出版の冊子、同人誌など)を作る人はいますが、まだまだ表現の幅の狭さを否定できません。日本の紙、製本の技術は実際世界トップレベルなので出版不況で鬱になっているばかりではなく、自信を持ってチャレンジしていくべきだと強く感じました。自分の活動が本の発展のほんの一部にでもなれたらいいなと考えています。