【コース体験記】セントマーチンズ MA Innovation Management 天野剛さん(第一期卒業生)
2010.11.27
BA&MA課程
いきなりですが、〈Innovation〉という言葉の定義をわかりやすく教えてください。
Innovationの定義は色々あるのですが、僕は英国デザイン・カウンシルのダイレクターが彼のコメントの中で定義づけたものを自分の論文の前提として使っています。曰く、「アイデアを持っているだけでは、それがいくらおもしろい考えであってもInnovationとは呼ばない。そのアイデアを社会の中で実現化することがInnovationだ」という定義付けです。
わかりやすい例をあげましょう。たとえばダイソンの掃除機。この世界一有名な掃除機の元となったダイソン氏のアイデア自体は大変クリエイティブですが、このアイデアだけではまだ〈Innovation〉の域に達しているとは言えません。アイデアを現実的な社会のニーズと照らし合わせ、技術テクノロジーを使って「掃除機」というプロダクトに実現させた段階で初めて〈Innovation〉になったのです。さらには、「ダイソン掃除機」というブランドを確立したこと自体も〈Innovation〉と呼ぶことができます。う~~ん。〈Innovation〉を表すそのものズバリの日本語っていうのは思いつきませんね。
(と、インタビュー中の2人の後ろで聞き耳を立てていたスタッフから『クリエイティビティの実現』つーのはどうでしょう?の声が上がり、天野君もかなり近いかも知んない、と納得)
このコースへの入学を決めた天野さんの当時の思惑(狙い)は何ですか?
①デザインとビジネスをうまく混ぜて物事を解決できる知識がついたらいいなという知識欲と、
②大学院課程修了者には2年間の英国内でのWork Placement(インターン)が許可されます。デザイン業界に太いパイプを持つセントマのMAなら教授の紹介でインターン先も軽く見つかるだろう。で、インターン期間中にコネやリンク作りに励めばその後が広がって就職もしやすいだろうという現実的打算がありました。
その狙いは当たりましたか?
①の「デザインとビジネスを何となく混ぜ合わせる」のは不可能であることを知りました。‘Innovation’というものの枠組みを理解することになったと言う方が適当でしょう。
②のWork Placement探しは期待していたほど簡単ではありませんでした。実はここが一番期待していたところだったので「がっかりだよ」というのがクラスの仲間の本音でした。コース自体の歴史が浅いため(ていうか、僕は第一期生です)ダイレクター(教授)の社会的力量(コネ力)が不足していたのでしょう。インターン先のコネとか口利きサポートが得られず、全部自力でやらないといけませんでした。まぁすぐに使えて役に立つ美味しいスキルを身に付ける「手に職」コースでないってことは確かですね。
クラスの他の学生の入学動機もそんなもんですか?
僕同様、「デザインとビジネスを混ぜたことをやりたい」というのが皆の共通意識として存在していたと思います。デザイン系出身者(クラスの半数)はビジネスについての能力を身につけたいと思っていたし、他分野の出身者(残りの半数)は自分には無いデザイナー能力やスキルを身につけたいと思っていました。ということは、ある意味、方向性が真逆の人たちが一緒に同じ場所に座っている状態であったわけです。で、コース自体はその中間に位置している感じだから、意地の悪い見方をすれば「どちらつかずのコース」になってしまったとも言えます。「デザイナーたちが普段やっている仕事の方法(クリエイティブな手法)を、いわゆる一般のビジネスに取り入れて活かそう」という趣旨のコースですから、活用法さえ間違わなければどちらのバックグラウンドの人にもOKなコースですけどね。
ふーん、天野さんはなかなかクリティカルなのね。こうなれば他にも不満だったこと、吐いてくれませんか?
ビジネスにおいては一般的にプランニングを中心としてひとつの完璧な答えを出そうとしますよね。プランニングさえきっちりしていれば予測した通りのプロセスを経て欲しい結果にたどり着くはずだという大前提があるからです。ところが実際はなかなかそうスムーズにいかない。特に新しいものを考えだそうとすると従来からの方法では全くうまくいきません。さて、そこで、デザイナーのジェネラルな仕事の進め方を見てみると、彼らはプロトタイプ(ひな型)を作るなどして試行錯誤しながら解決方法を見つけ出したり(小さい失敗を重ねてこまめに軌道修正していく)、他の人たちの意見を聞いてよりよい答えを探したり、という方法を取っています。このコースにはそんなデザイナー達の姿勢を学ぼうという趣旨があります。非デザイン出身者ばかりを集めて、普通のビジネスのアプローチとは真逆の方法論を試す。そして、セントマのコネクションを使って学内外でデザイナーやアーティストとコラボレーションする、というのが彼(コース・ダイレクター)が理想とするコースの形なのだと思います。
ところが生まれたてのコースで前例がないせいか、ダイレクターもぼんやりとしか全体の方向性を示さないのでクラス全体の意識もぼんやりしてしまいます。グループワークをやるとそのボンヤリさが如実に表れました。本当はコースで学んだ新しいアプローチを使うべきなのに結局従来の使い慣れたマネジメント方法に陥ってしまう、という。
ところが、先日第二期生のクラスのプロジェクトを覗きに行ったら、僕たち一期生のときよりクラスの意識がぐっと向上しているのを発見しました。初代の混乱状態からもかなり進化していたし。
(ここで聞き耳スタッフがしたり顔で ― そうそう、新しいコースって試行錯誤と混乱の連続だから学生はモルモットとしてあれこれバチ被って痛い目に遭うんだよねー。でもそうした先人の涙と苦労が後に続くやつの地の塩になるのよ。良かったじゃん、人助けができて。と完全に他人事な発言)
あの、今の話にでてきた「ビジネスのプロトタイプ」って言葉の意味がわからないんですけど?
たとえば、レストランをオープンする時いきなり店舗物件を借りてメニューを決めて、とガチガチに固めて始めるのではなく、小型車を移動屋台にあつらえてロケーションやメニューや雰囲気なんかをちょっとずつ変えて試行錯誤を重ねながら本格的な開業に臨む。みたいなのが好例として挙げられます。
どんな人がこのコースに向いていると思いますか?
新しいアプローチや考え方に対してオープンな人がいいですね。そして新しい分野に足を踏み入れる勇気がある人。自分で課題を推し進める気力のある人。強いリーダーシップのある人。物事を論理的に考えることのできる高い知性のある人。また、プロジェクト・マネジメントをやっている人、つまり企業の管理職経験者やそのレベルでコンサルティングしている人に向いていると思います。特に、「普通の会社で普通に働いてきたが行き詰ってしまった人や新しいアプローチを探している人」にはうってつけです。まさにそういう「普通のやり方」に対するアンチテーゼのコースなので。しかし実情としては20代後半の学生で占められているコースなので、Innovationの考え方の枠組みを理解して自分のビジネスを興したい人や新しいマネジメントのやり方を模索中の会社で働きたい人にとっても「あり」なコースということになりますね。アーティスティックなバックグラウンドについては、あってもなくても大差はありません。
逆に、頑固な人には向かないコースです。実績にしがみつく人とか。それからコースの性質上、新卒で入ってもあまり意味がありません。数年間の社会人経験を積んでからのほうが入りやすいし、入った後もコースを理解しやすいし、将来の活動により活かせると思います。
月並みな質問ですが第一期生の仲間はどんな人たちでしたか?
23歳から50過ぎまでの年代層で、主流は僕と同じ26~7歳の学生たち。「“Diversity(国籍の)多様性”を取り入れたい」というコースダイレクターの方針で英国人は3人だけの大変インターナショナルな顔ぶれでした。(内訳は、ギリシャ2人、ハンガリー、フランス、イタリア、ラトヴィア、ルーマニア、デンマーク、ドイツ、コロンビア、中国2人、韓国3人、自分、タイ、マレーシア2人、シンガポール)
デザイン出身学生にはプロダクトデザイナーが多く、それ以外はマーケティング畑、広告会社で働いていた人達。
ちなみに、僕は大学卒業後IT関係の会社で営業をしていました。
同期生のみなさんはコース修了後どうしているのですか?
クラスメートの半分は母国に帰りました。英国で就職先を見つけた同窓生も多くいて、デンマークのデザイン・リサーチ会社、マーケティング会社、CSMイノベーションセンター、ベンチャーキャピタル、ドイツのデザイン・カウンシルなど、なかなかいいところに収まっています。無職のまま英国でぶらぶらしている人間もいますけどね。同窓生同士は仲がいいので、今後それぞれの職場や社会での地位が固まってくれば横のつながりを利用して皆で面白いことができるかもしれないね、と話しています。
今になって「入学前にもっと準備しておけばよかったな」と反省することはありますか?
当たり前の話ですが、英語ができないとまずいなと痛切に思いました。できればできるほど、それに越したことはないです。ヨーロッパ人は英語うまいし性格がタフです。みんなガンガン言いたい放題好き勝手に言いまくるので、おとなしくて英語力も覚束ない日本人は結局それに巻き込まれることが多いんですよ。
(ここで聞き耳スタッフから、それって天野君自身のことでしょう?だって日本人ってあなた一人だったじゃない?てゆうか、おとなしいのはともかく、トーダイ卒の癖に英語力もおぼつかないってどーゆーことよ!の声が上がったが、この声はシカトされて)というわけで、性格的に強い人がいいかもしれません、ははは。
Innovation Managementコースについては多くの人から問合わせをもらうのですが、具体的にどんなことをやってるのとかあれこれ聞かれてユニコンはいつも大困り。コースでやった課題のサンプルを教えてください。てか、‘課題’の目的って何なの?
‘課題’の目的は、Innovation Managementという新しい考え方や手法を知り、身につけ、今後の自分のビジネスに活かすことにあります。
最初にやらされたのが、Discourse Analysisという、Innovationの手法を身につけるための2つの課題でした。
(ちょっと待って、そのディスコなんたらって一体何語なの?という聞き耳スタッフの質問に)
Discourse AnalysisはInnovation手法のひとつでビジネス分野では『物事の文脈を読み解く』という日本語があてられています。この手法は一般的には「マーケティングに対する反マーケティング」手法と呼ばれるものにつながります。普通マーケティングというと、ターゲットグループや統計というのが一般的ですが、この新しい手法は「お客さんの気付いていないニーズ」に気がつくのが目的です。お客さんを観察して背後にある潜在的ニーズを探ることでInnovationをはかる、というやり方です。
僕たちに与えられたのは、「Camden Marketの文脈を読み解こう」と「”Eco”と”Consumption”という概念について調べよう」という2つの課題でした。
僕たちはまず「Camden Marketの文脈を読み解く」ことに着手しました。「文脈を読み解く」って意味不明な表現ですが、要は、Camden Marketの客層や店の雰囲気、立地、屋台の並び方、売られている商品、歴史的変遷などを調べてCamdenとはどんなところかを知ることです。カムデン・マーケットを新しい仲間たちと一緒に歩きリサーチしながらコースに慣れ互いを知ることも狙いだったようです。本番前の序奏というかウォーミングアップです。
2つ目の課題「”Eco”と”Consumption”という概念について調べよう」からがコースワークの本格的開始となりました。Discourse Analysis手法ではまず特定の言葉が一般社会の中でどういうふうに流通しているのかを調べるのがお約束です。この課題で言えば、「Eco」「Consumption」という特定の言葉に対して人々が受ける印象がポジティブかネガティブかということの調査がそれに当たります。特にConsumptionについては、マクドナルドやM&S(Marks & Spencer)に行き、商品がどういうキャッチフレーズで売られているのかを調べたり、来店中のお客さんにインタビュー(アンケート)をしたりしました。
(なんか意味不明で聞き慣れない単語が多くて話が見えない。でもこのコースに申し込もうと言う人ならここら辺でメゲるなんて贅沢許されないのね、と呻いて倒れるスタッフ。)
ところで天野さん、この夏にコースを終えたんですよね?で、今、ここ(ユニコン・ロンドン事務所)に居るってことはもうどこかでインターンしてるってこと?
あ、実はですね、まだなんとなく学生しているんです。
(え~~今度はどこの学校に通ってんの?てゆうか、そんなこと、いつこっそり決めたわけ~と、むっくり起き上がってわめくスタッフをしり目に)あのう、セントマが毎年2~3人に出す奨学金があって、ダイレクターに「応募してみたら?」と誘われて、なんとなく(またかいッ)出してみたら書類審査に通ってですね。そのあと面接があったんですが、面接官は僕に応募を勧めてくれた当人(コース・ダイレクター)と自分のチューターだったので楽勝でした。PhD(博士課程)の授業料3年分の全額支給ってやつをオファーされちゃいました。まぁ人間食わなくてはいけないので生活費もほしいところですが。
(さんざん辛口コメントしておきながらもらうものはしっかりもらっているのかいッ。しかも大して喜んでいる風にも見えないし、当たり前のように生活費まで面倒みろという態度だし。こっちから聞かなければセントマからがっぽりせしめていることは云わず、コースの批評だけして帰るつもりだったのね、キィーッ)
編集係から:
ビジネス世界と程遠いユニコン・スタッフには理解困難な話が多かった。実は、コースの課題例として「P&G依頼のリサーチ」というのがあってこれに関連した話がまだ残っているのですが、疲れちゃったのでひとまずここまで。See you soon♪
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