2009年01月30日
【この人に聞きました】File9.川崎智子さん
Chelsea卒業生の作品が図書館に貯蔵されました
昨秋2008年11月にChelsea College Of Art and Design(Chelsea、チェルシー・カレッジ)MA Graphic Design Communicationを卒業した川崎智子さんの製作した本がチェルシー・カレッジの図書館に貯蔵されました。
「本当に楽しかったんですよ、私。11ヶ月ほんとに充実してあっという間でした。」といって卒業の報告にきてくれた川崎さんに、作品のこと、コースのこと、ロンドンでの留学生活のことを聞きました。
日本の芸術大学を卒業後、「英語が話せるようになりたいし、ヨーロッパには好きなアーティストがたくさんいるから」と留学を決意した川崎さん。もともとはユニコン東京事務所での面接でセント・マーチンズ(CSM)ファウンデーションの入学許可をもらって渡英しましたが、渡英後紆余曲折を経て、結局ファウンデーションではなく同じCSMのGraphic Portfolioコースへ進学しました。1タームGraphic Portfolioを受講したあとは、「せっかく日本で大学出てきたし、こうなったら大学院に行きたい」という気持ちが高まり、そのためにまず英語をきっちり勉強することにしてロンドンの英語学校へ入学しなおしました。また、同時期に花屋さんでのバイトを始め、これを会話の練習や友人作り、英国人・ヨーロッパ人の花の好みや色彩感覚などを学ぶことに役立てました。お店で使うクリスマスやバレンタイン用のグラフィック・デザインを担当させてもらうなどバイトを作品作りにも活かして大学院に出願、合格して晴れてチェルシーに入学したのは2007年秋でした。
「コースは17人、いろんな国からいろんなバックグラウンドの人が来てました。もともと経済学者だった人、他分野のデザイナー経験者、ライター出身の人など、グラフィックだけに限らない背景の人が集まってとても刺激的でした。チューターたちも、若いのにとってもセンスがいい30代の金髪女性コース・ダイレクターのほかに、彼女のRCA(英国王立美術院)時代の仲間が3人ついて、常に一つに限定されないコメントやアドバイスを得ることができました。また、この先生たちのコネが広いので、“こういう人が好き”とデザイナーやアーティストの名前を挙げると、“あぁ、じゃあ次のレクチャーに呼んであげるわね”と軽~く言って彼らをゲストとして呼んでくれる、なんてこともたくさんありました。その他にも、有名アーティストによる一日ワークショップも4回あったし、こんなにいろんな人に来てもらっていいの?!と思うくらいたくさんのアーティストやデザイナーから刺激を受けることができました。」
「チェルシーでは横のつながりも強くて、一度、私たち(グラフィック)とインテリアとキュレーションの3コースの大学院生たちが合同で架空のエキシビションをデザインする、というプロジェクトもありました。各チーム6~7人でやったんですけど、これは「もうコラボってやりたくないカモ・・・」と思うくらい大変でした(笑)。でも、実際に働き始めたらこういうことをするんだ、というのが体験できてよかったと思います。」
「英語が弱いこともあって、はじめのうち先生は私が何をやりたいのかわかってくれてなかったみたいだけど、最後のほうではかなり理解を示して褒めてくれるようになりました。最後に製作した“毎日の笑いの本”『Laughter in Everyday Situations』はコース・ダイレクターに気に入られて、チェルシーの図書館に貯蔵されました。」
「ショーは9月と11月の2回やりました。9月はwork in progress showといって途中発表のようなもの、11月はprofessional showといういわゆる卒展です。9月のときには、一人一枚ずつ三メートルのバナー(自分の名前や作品の説明などをわかりやすく記載したもの)をデザインして、そのほか今時分たちが作っているものを途中展示しました。私の場合は“笑い”について研究していたので、バナーには心理学の本の中でみつけたフレーズの引用なども加えました。そして、その隣に自分が面白いと思った毎日の情景を心理学の理論に基づき区別わけしてスライド・ショーにしてみました。その理論のなかのひとつ「“繰り返す“ものは笑える」を使って、Repetitive Chair(繰り返しの椅子)を作って、それと一緒に人間のサイズなどを遊んでみました。さらに、このRepetitive Chairの上には、みんなに繰り返しのアイデアをよく理解してもらえるようにロシアンドールを置きました。」
「9月のショーが終わると論文の締め切りがあり、そのあとすぐ11月にprofessional show(卒展)がありました。9月のショーで毎日の笑いのスライド・ショーが好評だったので、それにエッセイを加えてA3サイズの本にしました。これがさっきお話した毎日の笑いの本『Laughter in Everyday Situations』です。あと、毎日の笑いから得たものをヒントに、いろいろな家具を道で拾ったものを使って作りました。このプロジェクトには、London Object Trouveという名前をつけました。これも一冊の本にまとめて展示しました。この写真で、手前にある家具は“日々の笑い”で得たもので作った家具です。たとえばこの椅子にはInversion Chairという名前をつけました。これは「逆さになっているものは笑える」という心理学の法則に従って作ったものです。コーヒーテーブルの上に置いてあるのがLondon Object Trouveの本です。」
川崎さんの作品の写真を見て、思わず「くすっ」と笑った方も多いのではないでしょうか?かくいう私もその一人で、「なるほど、これが“笑いの研究”か!」と膝をたたきました。川崎さんから「こういうものを作ってる」という話だけを聞いていた製作過程当時は「そうか。ウーン、わかるような、わからないような・・・」と漠然と考えていましたが、やはりアート&デザインは「百聞は一見に如かず」、作品を見たらすぐに川崎さんの研究してきたことと製作意図がわかりました。こういう一見なにげなく見える「笑い」について、心理学の本なども使って徹底的にアカデミックなリサーチをし、さらにビジュアルな作品にしたのですからすごいですね。
「英語のサポートもとてもしっかりしていて、不安だった語学面もなんとかできました。私は入学時に皆で受けたテストでDyslexiaと判断されたのですが、チェルシーにはDyslexia学生をサポートするための専門スタッフが常駐していて、図書館でのリサーチなどでかなりヘルプしてくれました。一対一で毎週ついてくれて、アートの知識も豊富な人でした。他にも、留学生の英語のサポートをしてくれる人もいて、最後の数ヶ月は週に一度チェルシーに来てエッセイを見てくれました。この人はUAL(ロンドン芸大)本部のビルに常駐しているので、この週一の時間以外にも、必要なときにオフィスを訪ねて見てもらうことができるようになっていました。」
Dyslexiaというのは、知的能力・学習能力の脳内プロセスに全く異常がないにもかかわらず書かれた文字が読めない、読めても意味が理解できないなど、「“文字”と“意味”単独ではそれぞれ理解できるのに、その二つをつなげることができない」現象のことをいいます。「日本語使用においては現れない」という説もあり、英語圏に留学してはじめてDyslexiaであることが分かる人がいるなど、日本国内ではなじみのない現象ですが、欧米ではひろく一般的に認知されています。とくに英語圏では10人にひとりはDyslexicであるという統計もあるほどで、それゆえ教育の場におけるDyslexia対策もすすんでいます。またDyslexiaの人というのは映像・立体の認識能力が優れているといわれ、工学や芸術分野で優れた才能を発揮する人が多いため、芸術大学の学生間では自然とDyslexiaの割合が高くなります。そのため、ロンドン芸大でも専門のサポート体制が行き届いているのでしょう。
「大学生活はとても充実していて、本当にチェルシーのMAに行ってよかったと思います。」という川崎さんに、留学して変わったところはありますか?と聞くと、「予定をしっかりたてるようになったことと、はっきりものを言うようになったところです。それに、人の作品を見て単に“カワイイ”などの抽象的な意見でなく“ここがいい、悪い”など、冷静に客観的に意見が言えるようになったことですね。」という答えが返ってきました。今後の予定はまだ未定とのことですが、デザイナーとして活躍する川崎さんの姿が今から楽しみです。
<写真解説(上から)>
1. チェルシー図書館に貯蔵された川崎さんの“毎日の笑いの本”『Laughter in Everyday Situations』
2. 本の中身
3. 9月のwork in progress showのときのバナーとスライド・ショー
4. Repetitive Chairとロシアンドール
5. 11月のprofessional showの風景
6~8.Repetitive Chairs
9.“毎日の笑いの本“にも入っている、Repetitive Chairをつくるきっかけになった映像
10.Inversion Chair